2007年08月25日
「野菜」で浮き彫りになる人生 第6回
お盆を過ぎ、思い出したかのように降る雨と雷。ようやく猛暑も落ち着きを見せ始めてきたように思います。もう随分と前に暦の上では立秋を向かえ、あとは秋を待つのみばかり。何故か、「暇」には南瓜(かぼちゃ)が溢れ返っています。
勝間南瓜、栗南瓜、すくね南瓜、西洋南瓜。
もうご存知でしょうが、幼少の頃の私は好き嫌いが多かった。夕ごはんのおかずに南瓜を甘辛く炊いたものがあると、少しうんざりしていました。暫くは自ら南瓜など口にすることはありませんでした。あのもさもさした感じと何か甘ったるいのがいやだったんでしょう。
やはり、この「南瓜」に関しても人生において転機が訪れるのです。
あれは高校3年生の時でした。
センター試験を目前に控えた年明け、母が入院してしまったのです。それまで、当たり前のように給されていた食事を用意しなければならなくなりました。料理など、ろくすっぽしたことがないので、見よう見まねで適当にごはんを作っては父と食べていました。試験当日も自分で弁当を詰めて行ったことを今でも思い出します。
ある日、見舞いに行ったときのこと。病床の母に何か食べたいものはあるかとたずねたところ、
「南瓜の煮たやつを食べたい。」と言いました。
母は南瓜が好物でした。
炒め物やら、味噌汁などは適当に作れたものの、煮物はさすがにしたことはありませんでした。しかし、できる事ならやってみようと思い、母に作り方を聞き、早速南瓜を買って帰り、作ってみました。
なんとか、曲がりなりにも南瓜の煮物が完成し、母に届けると、
「おいしい。」と言ってくれました。
今、思い返せば、そんなに美味しくはなかったんじゃないかなと思います。せっかく息子が作ってくれたと言う気持ちを汲んでの一言だと思っています。
しかしあの時、自分で作って食べみて、子供の頃いやいやながらも食べた味に近いと納得していました。
それから、南瓜の煮物を少しずつではありますが、食べるようになりました。
今では勿論、南瓜を炊くのも、食べるのも好きです。今は母に習ったやり方ではないけれども、南瓜の甘みを引き出してやるように必要最低限の味付けで炊くやり方が気に入っています。
そして、現在。自分の次男は南瓜がとても大好物。時折、炊いてやると嬉しそうに食べています。そんな子供の顔を見ると、とても感慨深い気持ちになります。
次回は「南瓜」のことについて、書いてみようと思っています。では、また。
