2007年10月11日
そろそろ、「暇」も「おせち」の御予約、始めます。Vol.3
早いもので10月も既に半分を過ぎようとしています。
先週末あたりは、各地の小学校などでは運動会とやらが催されておりました。
僕も当時の運動会の記憶は鮮明に残っています。
ある程度の年齢になり、社会で生き抜く術であるいわば競争心や闘争心。
そういうものは、実は幼少期に憶えた「敗北の屈辱」や「勝利の喜び」
そして一丸となって戦う団体競技などから培われていくものです。
今はどうか分かりませんが、数年前は徒競走に「順位」を付けない
(最下位がいじめられるらしいです。どうやら。)
と言う、教育の趣旨を履き違えた対策法があったようです。
僕が小学生の時代は、まだ先生方も厳しかった記憶があります。
事あるごとに殴られ、怒鳴られ、逆さに吊られたりしましたし、
同級生達もシビアな奴らが多かったものです。
少年サッカー期には小学生ながら、ミスに対する罵声、レギュラーとそうでない者への待遇の違い
(コレはお母さん方にも影響するので大変です。)
など普通に存在してました。
まずレギュラーで無ければ先生は名前すら呼んでくれませんし、
ボールを触ることも、水を飲む事すら許され無い時もありました。
僕も悔しい思いをしたのを憶えてます。
だからこそコレでもか!と言うぐらい走ったし、ボールも蹴ったし、怪我もしました。
今思えばあの時が一番頭を使ったんでは無いでしょうか。
競争社会は小学生の時からあったようです。
ですが、付いてくる結果で得る喜びは一時の糠喜びではなく、次のステップの見える
ある種の「快感」に近いものでした。
「運動会」というフレーズだけで、ここまで「俺の時代はなぁ…」的な話が出来るという事は、
相当オヤジ化が進んでるようですが、是非今の少年達にも「悔しさ」を超えた「喜び」を味わって頂きたいですね。
…ほんとは「おせち」の詳細を書こうとしたんですが、何故かこんな事になりました。
「おせち」については、また後程アップいたします。
先週末あたりは、各地の小学校などでは運動会とやらが催されておりました。
僕も当時の運動会の記憶は鮮明に残っています。
ある程度の年齢になり、社会で生き抜く術であるいわば競争心や闘争心。
そういうものは、実は幼少期に憶えた「敗北の屈辱」や「勝利の喜び」
そして一丸となって戦う団体競技などから培われていくものです。
今はどうか分かりませんが、数年前は徒競走に「順位」を付けない
(最下位がいじめられるらしいです。どうやら。)
と言う、教育の趣旨を履き違えた対策法があったようです。
僕が小学生の時代は、まだ先生方も厳しかった記憶があります。
事あるごとに殴られ、怒鳴られ、逆さに吊られたりしましたし、
同級生達もシビアな奴らが多かったものです。
少年サッカー期には小学生ながら、ミスに対する罵声、レギュラーとそうでない者への待遇の違い
(コレはお母さん方にも影響するので大変です。)
など普通に存在してました。
まずレギュラーで無ければ先生は名前すら呼んでくれませんし、
ボールを触ることも、水を飲む事すら許され無い時もありました。
僕も悔しい思いをしたのを憶えてます。
だからこそコレでもか!と言うぐらい走ったし、ボールも蹴ったし、怪我もしました。
今思えばあの時が一番頭を使ったんでは無いでしょうか。
競争社会は小学生の時からあったようです。
ですが、付いてくる結果で得る喜びは一時の糠喜びではなく、次のステップの見える
ある種の「快感」に近いものでした。
「運動会」というフレーズだけで、ここまで「俺の時代はなぁ…」的な話が出来るという事は、
相当オヤジ化が進んでるようですが、是非今の少年達にも「悔しさ」を超えた「喜び」を味わって頂きたいですね。
…ほんとは「おせち」の詳細を書こうとしたんですが、何故かこんな事になりました。
「おせち」については、また後程アップいたします。
